得得サイト パワースポットの旅 出雲編 出雲大社 Vol.2~だいこくさま

【大国主大神】と【だいこくさま】と【大黒天】

大国主大神さまにはたくさんのご神名がありますが

【大国主大神】と【だいこくさま】と【大黒天】は同じ神様?

出雲大社の解説によると・・・

大国主大神】と【だいこくさま】は同じ神様でした。・・・続きを読む
大国主大神様には、他にも
「大己貴神(おおなむちのかみ)」、
「大物主神(おおものぬしのかみ)」、
「八千矛神(やちほこのかみ)」、
「大国魂神(おおくにたまのかみ)」、
「顕国魂神(うつしくにたまのかみ)など
多くのご神名があります。ただし、
いわゆる七福神〟の「大黒天」
正確には別の神様です

 

大国主大神は大国主命ですが、

大国主命は大国様とも呼ばれるため、

大国主大神=大国主命=大国様=だいこくさま でした。

 

それでは同じく「だいこくさま」と呼ばれる「大黒天」は?

 

大黒天

室町時代の説話集塵塚物語(ちりづかものがたり」によると、

大黒天梵語で「マカカラ(マハーカーラ)」といい、密教では大日如来が悪魔を降伏させるために忿怒(ふんぬ)の形相(怒ったこわい形相)をする仏法守護の神としているが、

インドにおいては
福を授ける神として厨の柱などにまつられており、

わが国では伝教大師(最澄)が叡山(比叡山)に祀って以来温和な形相の福の神とあがめられるようになった。

伝教大師が叡山に糧食の神として大黒をまつったことから、わが国の寺院の台所に大黒をまつるようになった。

と記されています。

 

大黒天信仰は・・・続きを読む・・・
平安時代(806〜1185年)のはじめに最澄(天台宗の開祖=伝教大師)が
日本で初めて大黒様(三面大黒)を祀ったため、寺院から広まったといわれています。その後室町時代(1334~1467年)になると、寺院に修行にきた信者によって大黒天信仰庶民に伝わり、寺院にならって大黒天を祭るようになりました。そして大黒天信仰は、戦国時代の天文・永禄年間(1532〜1570年)に急速に京都で広まったようです。(「塵塚物語」より)戦国時代の戦乱が続く中、不安をかかえた庶民が大黒天を福の神として救いを求めたのではないでしょうか?

 

現在の大黒様のお姿=左手に宝物の袋、右手に打ち出の小槌、足元に米俵が出来上がったのは京都に大黒天信仰が広がった時期のようです。

 

ということで、大黒天はインドから中国を経ていらした大黒様で、
大国様(大国主大神)とは違うということがわかりました。

 

整理すると、

大国様=大国主命=大国主大神
大黒様=大黒天=七福神のひとり、ヒンドゥー教・シヴァ神の化身

※「大黒」は「マハー(大きく広い)カーラ(黒い)」を中国で訳したもの

 

でも、まだすっきりしません。
出雲大社さんの解釈の一言。
「正確には違う神さまです。」の「正確には」の意味。

 

それは、大黒様と大国様が融合したということでした!

 

つまり、本来は別の神さまでしたが、
同じ「だいこく」の音から混同したり、
神仏習合の際に同一視されたなどにより
習合し信仰されるようになったのだそうです。

大黒天と大国様を習合したのは最澄という説もあります。
(参考「画題辞典」斎藤隆三著 1925年出版)

 

なるほど~

だから正確にはだったんですね。

 

余談ですが、
大黒天はインドのシヴァ神の化身と言われていますが、
密教と一緒に中国から伝えられた大黒天は、
中国で陰陽道と結びつき
太極(万物の生ずる 宇宙の根元)としての要素を持って日本に伝わりました。

中国で大黒天は、天(陽)と地(陰)の間の柱(宇宙を支える陰陽の区別のない大極柱があると考えられていた)を融合した、万物の根源とされていました。
日本民家の中央にある最も太い柱を「大黒柱」といいますが、「大極柱」とも書きます。
もとは「大極柱」と表記されていたものが、
大黒信仰が広まるにつれ「大黒柱」となったそうです。

天(屋根)と地をむすぶ大極柱、興味深いですね~

 

「朝日日本歴史人物事典」にも

【大国主大神】と【だいこくさま】と【大黒天】について、

こちらにも記載がありました。

大国主大神が大黒様と同一との前提で、
大黒様と大黒天が同一視されるようになった、と結ばれています。

すでに頭がいっぱいで、心が折れそうになりました。

もしよかったら、つづきを読んでください。

続きを読む・・・

大国主命『古事記』『日本書紀』にみえる神。項目の名称は今日一般に知られた表記だが、その大本である『古事記』『日本書紀』ではすべて大国主神と記す。また別名として『古事記』には・大穴牟遅神、・葦原色許男神、・八千矛神、・宇都志国玉神 の4種、『日本書紀』には・大物主神、・大己貴神、・葦原醜男、・八千戈神、・大国玉神、・顕国玉神 の6種を掲げる。素戔嗚尊が八岐大蛇から救った奇稲田姫との間に生まれた子(伝承により6代後の子孫とするものもある)。少彦名神らの協力を得て、地上世界の経営に当たる。天孫が降臨する前の地上世界における支配者で、出雲を根拠地とする。天上界の神の要請を受け入れて地上の支配を譲る。多彩な別名は単に列挙してあるだけでなく、話の中で実際に用いられるものも多い。

特にオオナムチ(大穴牟遅神、大己貴命)がよく用いられ、
頻度としてはむしろ大国主神よりも高い。

また『万葉集』『風土記』などではこの神について、別名ばかりで大国主神の名はみられない。

これは大国主神と称されるキャラクターが、出雲のオオナムチを中核にして各地で祭られていた神々を統合してでき上がっているためで、いうならば「大国主」という名は、地上世界の支配者であることを表すために考案されたもの。

特に『古事記』では,この神の成長過程などで各種の別名を多く用い、地上の支配者の立場で天上界の神々と対峙するときには、もっぱら大国主神の名が用いられるという、芸の細かいところをみせている。

今日、大国主神の信仰は出雲大社を中心に縁結びの神として広まっている。

この大社の社家は、古代の地域君主ともいうべき豪族「出雲国造」の直系に連なる家で、今も古代そのままに祭祀を司っている。

なおこの神が「大黒様」とも称されるのは、インドに発する大黒天が名の類似(大国=だいこく)や両者共に豊饒に関わる神と信じられたりしたことなどから同一視されるようになったものである。

<参考文献>千家尊統『出雲大社』、田典城『日本神話論考』

 

出雲大社 いなばのしろうさぎ

大国主大神にまつわる有名な神話「因幡の白兎ぎ」 の像が、手水舎のすぐ後にあります。

「因幡の白兎」、
たしか、小学校の教科書にでてきたような・・・。
もしかしたら「まんが日本むかしばなし」で見たのかも。
どちらにしても、そのとき登場したのはワニではなくサメでした。

因幡の白兎
    出雲大社 因幡の白兎

 

この神話はご存知の方も多いと思いますが、
大国様のお人柄(神柄?)紹介の意味も込めて
アップしておきたいと思います。

因幡の白兎 おはなし・・・

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出雲の阿国にだいこく様という神さまがいらっしゃいました。

その神様にはたくさんの兄弟がいましたが、その中で一番心のやさしい神様でした。

兄弟の神様たちは因幡の国に八上比売(やかみひめ)という美しい姫がいるという噂を聞き、みんなで会いに行こうと決めました。

だいこく様は兄弟たちの家来のように大きな袋を背負わされ、
一番うしろからついていくことになりました。

兄弟たちが因幡の国の気多の岬を通りかかったとき、
体の皮を剥がれて泣いている一匹のうさぎに出会いました。

兄弟たちはそのうさぎに意地悪をして、
海水を浴びて風に当たると良いと嘘をつきました。

うさぎはだまされていることも知らずに、
言われるままに海に飛び込み、
風当たりの良い丘の上で風に吹かれていました。

そのうちに海水が乾いて、傷がもっと広くなり、ひりひり痛みだしました。

前よりも苦しくなって泣いているうさぎのところに、後からついてきただいこく様が通りかかりました。

だいこく様はそのうさぎにどうして泣いているのか訳を聞きました。

「私は隠岐の島に住んでいたのですが、
一度この国に渡ってみたいと思い、泳げないので渡る方法を考えていました。

するとそこに和邇が来たので、私は彼らを利用しようと考えました。

私は和邇に自分の仲間とどっちが多いか比べっこしようと話しをもちかけました。

和邇たちは私の言う通りに背中を並べ始めて、私は数をかぞえるふりをしながら、向うの岸まで渡りました。

しかし、もう少しというところで私はうまくだませることが嬉しくなって、

ついだましたことを言ってしまい和邇を怒らせてしまいました。

その仕返しに私は和邇に皮を剥かれてしまったのです。

私が痛くて泣いていると、先ほどここを通られた神様たちが私に
「海に浸かって風で乾かすと良い」とおっしゃたので、その通りにしたら前よりもっと痛くなったのです。」

だいこく様はそれを聞いてそのうさぎに言いました。

「かわいそうに。すぐに真水で体を洗い、
それから蒲(がま)の花を摘んできてその上に寝ころぶといい。」

そう言われたうさぎは、
今度は川に浸かり、集めた蒲(がま)の花の上に静かに寝ころびました。

そうするとうさぎの体からから毛が生えはじめ、すっかり元の白うさぎに戻りました。

そのあと、ずいぶん遅れてだいこく様は因幡の国につきましたが、
八上比売(やかみひめ)が求められたのは、やさしいだいこく様でした

 

次回はいよいよ境内へ入ります。
境内はパワースポットがたくさんあります。
ご利益あるお砂やマニアックな参拝の仕方などをご紹介します。

またご縁がありますように。
出雲大社 Vol.3 境内 へいく

出雲大社

0853-53-3100
島根県出雲市大社町杵築東195
参拝時間 3月〜10月 6:00~20:00
     11月〜2月 6:30~20:00
御祈祷の受付は8:30~16:30
※20時以降、荒垣内(銅鳥居より先)は閉鎖されます。